J-Damperとは、ケンブリッジ大学とマクラーレンにより共同開発されたイナーター(Inerter)のコードネームです。

サスペンションはスプリング(トーションバー)とダンパー(減衰装置)で構成されています。ダンパーはスプリングが伸び縮みする時に起こる波の振動を吸収しますが、タイヤのサスペンション効果による振動を制御するのは簡単な事ではありません。

 

タイヤの接地面負荷を安定させる事でグリップや摩耗を改善する事が出来ます。2005年ルノーはこれをマスダンパーにより制御して車体を安定させていたが、マクラーレンはイナーターを使って制御していました。

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イナーターとは?

ケンブリッジ大学のマルコム・スミス教授は1997年にこの理論を思いつき、その後マクラーレンに持ち込んだのが始まりです。スミス氏はアクティブサスペンションの研究もしていた人物、電子回路と機械回路の類似性に基づく研究をしています。

 

電子回路で最も一般的な、インダクタ(コイル)・抵抗・コンデンサ(キャパシタ)のネットワークをサスペンションシステムに応用。インダクタに相当するスプリング、抵抗に相当するダンパー、コンデンサに相当するイナーターとなります。

https://www.racecar-engineering.com/

上図の数式が、電子回路と機械回路の類似性を表すものになります。

 

上画像は競売に出品された2014年ケータハムのリア・イナーターです。

http://www.formula1-dictionary.net/

上図が原理と数式ですが、さっぱりわからないですな・・。

 

簡単に説明すると、地面とサスペンションが起こす波のような振動は時間と共に減衰しますが長くなってしまう。その波のエネルギーを回転質量に変換し放出する事で逆位相の波を形成、互いが打ち消し合う事で短時間で振動を収める。マスダンパーと同じ効果を得るシステムです。

イナーターの効果

2005年第11戦イギリスGP予選での、マクラーレンのライコネンとルノーのアロンソのオンボード比較です。

ルノーはまだマスダンパーを搭載していません(イタリアGPから)、アロンソの方がヘルメットのブレが明らかに多いのと、縁石乗り上げ時のサスペンションアームのブレを見比べて下さい。マクラーレンの方が収まりが早いです。

 

2005年はマクラーレンが10勝、ルノーが8勝、フェラーリ1勝(アメリカGPブリジストンタイヤ車のみ出走)となっています。この年は決勝におけるタイヤ交換が禁止されて、硬いタイヤの性能を最大限に発揮できる事が勝つ為の条件でした。

 

イナーターが熟成されてきた第5戦スペインGPでマクラーレンMP4-20が勝利、その後のマクラーレンは10勝/15戦と圧倒的な速さがあった。でもチャンピオンにはなれなかったんだ・・・エンジンの信頼性が無くてさぁ・・。

https://www.ultimatecarpage.com/

J-Damperの機密保持

ケンブリッジ大学とマクラーレンは2005年より機密保持契約を結んでいました。2006年6月マクラーレンのエンジニアがルノーに移籍する際にその情報が持ち出された。ルノーではその使用用途が理解できず、マシンに反映させていなかった。FIAの調査によりチャンピオンシップに影響しなかったとされ不問となった。

 

これによりケンブリッジ大学とマクラーレンの独占契約は失効、2008年にPenske Racing Shocksと契約する。Penskeはジェネリックおよびチーム固有のInerter設計、将来の実施形態および拡張機能を設計、開発、生産する事の非独占的なライセンスを付与されました。

 

現在では、イナーターダンパーは誰もが使える画期的なサスペンションシステムになっています。レーシングカーにほぼ採用されている技術です。

そして、原理が理解され様々な形や仕様が発明され、建物の免震技術への応用、ロボットの2足歩行技術への応用、ヤマハのパフォーマンスダンパーなど、振動を抑制する技術としてあらゆる分野に進出しています。

2022年ルールによるイナーターの禁止

F1の新テクニカルレギュレーションにはイナーターを禁止するとの項目があります。現在のF1用イナーターは油圧やガスなどを使ったものになり、完全な機械式ではないものが多いと思われます。

油圧によるサードダンパーの禁止も項目に入っており、今ではほとんど開発費用がかからずにマシンを安定させる技術なのに、なぜ禁止にするのだろうか?ちょっとよくわからないFIAの決定です。

 

しかし、F1による技術革新はすさまじく、代替え技術を簡単に作り出してしまうだろう。メルセデスのエンジン開発部門であるHPPは新型コロナウィルス感染拡大で需要の高まった呼吸補助装置を数日で改良し製造している。

F1における技術開発への投資が無駄ではない事は、イナーターや呼吸補助装置で証明されている通り、この混沌とした世の中にも役立っています。